Nゲージ 特急1・2列車用 大形木製客車(オイテ27000他 7形式)  2021年3月発売  (7/9 実車説明と、最下部に写真1枚追加)


旧キングスホビーで最後に製品化された、20メートル級大形木製客車をリニューアルして発売いたします。



K1200 特急1・2列車 大形木製客車 7両セット 組み立てキット  [\38,000+税] 
 下記単品を各1両ずつセットにしたものです。 
※車体・床板等エッチング板のみのキットで、屋根や台車などは別途購入品になります。(別途購入品は下方に記載)  ※機関車は付属しません

 このセットに「K1211 スロネ27300」×2、「K1217 スロ27900」×1を追加すると、特急1・2列車のフル編成にできます。
 (実物写真や編成記録で確認できる荷物車は、中形20m級1両もしくは大形17m級2両連結)


通販限定  特急1・2列車 大形木製客車 7両トータルセット 組み立てキット [\60,000+税]  
発売記念価格での販売は2021年12月で終了しました。0 \54,500
 【内容】
 K1200 特急1・2列車 大形木製客車 7両セット 組み立てキット
 K4035 ダブルルーフ客車屋根  7両分
 K4025 31系用半ガラ  7セット
 K4023 食堂車用ガラベン・電動発電機
 K4017 車軸発電機  2セット
 K4019 端梁・アンチクライマー 
 K3059 プラ床板用TR71台車  7セット
 K4001 展望車用シート・寝台  2セット
 K4003 転換クロスシート
 K4013 食堂車テーブル・イス
 K4014 大型ボックスシート
 K4015 戦前形ロネ用寝台
 K3097 木製客車インレタ2
 GM製 (8611) 貫通幌(客車・旧国型 ブラック)  12ヶ
 K3101 屋根取付ネジ(M1.4×2mmネジ(1種))  2セット
 K3917 札挿類
 ●別途購入品 車輪42ヶ、各種カプラー13ヶ、窓セル等



K1201 オイテ27000 (オテン28070) 組み立てキット  [\5,900+税] 


※客車単品はいずれも、車体・床板等エッチング板のみのキットで、屋根や台車などは別途購入品になります。

「K4001 展望車用シート・寝台」「K4014 大型ボックスシート」(白色部)の取付が可能です。(プラ板・プラ棒などで取付高さ調整)



 国鉄(鉄道省)の客車は、昭和2年(1927年)に初の鋼製車が登場し、その後間もなく、客車の新製はオハ32000形(後のオハ31形)などの鋼製車に移行していきましたが、それ以前には、長らく木製客車の時代が続いてきました。
 大正9年(1920年)に、それまでの客車(ホハ12000形など)よりも車体幅・車体高さを大幅に拡大したナハ22000形(当初はホハ24400形)などが登場し、この大形車体を備える車両は、昭和3年(1928年)の称号規定改正で20000番代の形式にまとめられ、「大形客車」と呼称されました。大形客車の多くは、17メートル級の車体に2軸ボギー台車を備えていましたが、特急用の車両などでは、20メートル級の車体に3軸ボギー台車を備える形式が製造されました。

 オイテ27000形は、特急1・2列車で使用されていた一等展望車ステン9020形(→オテン9020形)とステン9025形(→オテン9025形→オイテネ17000形)の置換用として、大正12年(1923年)にオテン28070形として5両製造されました。
 前年に製造された国賓用展望車の10号御料車の設計を踏襲している点も多く、腰板は御料車のような大形の一枚板ではなく羽目板とされるなど、簡易化されていたものの、展望室の側窓は10号御料車と同じ1220ミリ幅の広窓4枚とされ、展望デッキ部の形態も、細部の装飾がわずかに異なりますが、ほとんど同一と言えるものでした。
 従来の1・2列車用展望車では、政府高官や皇族などの特定階層のみ利用可能な特別室が設けられていましたが、オテン28070形では特別室を設けず、代わりに、同年に製造の1・2列車用一等寝台車スイネ28120形(→スイネ27150形)に特別室が設けられました。また、編成中の一等寝台車が区分室式のため、オテン28070形は開放室のみとされ、一等室には回転腰掛が10人分と、向かい合わせの固定腰掛が8人分備えられ、定員は一等室18人、展望室12人となっていました。
 オテン28070形は、1・2列車の全区間(東京−下関)に連結されましたが、昭和2年(1927年)8月から、東京−下関間急行7・8列車の京都−下関間に連結を開始したため、1・2列車の連結区間は、東京−神戸間に変更となりました。
 昭和3年(1928年)10月に、オテン28070形はオイテ27000形に形式変更され、1・2列車が「富士」と命名された昭和4年(1929年)8月以降も連結され続けましたが、昭和5年(1930年)4月に鋼製の一等展望車スイテ37000形に置き換えられ、「富士」の展望車は全区間連結に戻りました。なお、以後もオイテ27000の1両のみ「富士」の予備車として残りましたが、スイテ37010形登場の昭和5年(1930年)12月以降は予備の予備となり、昭和9年(1934年)6月に荷物車マニ29500形に改造されました。
他の4両は7・8列車専用となって、京都−下関間で連結され続けましたが、昭和13年(1938年)9月に「富士」用としてスイテ37040形が登場したため、スイテ37000形2両が7・8列車に転用され、オイテ27000形は予備車となりました。昭和15年(1940年)3月にオイテ27001・27003が鋼体化改造されてスイテ37050形となり、最後まで残ったオイテ27002・27004は昭和18年(1943年)に三等車オハ28050形に改造され、形式消滅しました。




K1202 スイネ27100 (スイネ28100) 組み立てキット  [\5,400+税] 



区分室寝台車ならではの通路仕切も付属します。
また、「K4001 展望車用シート・寝台」(白色部)の取付が可能です。



 スイネ27100形は、大正10年(1921年)〜大正11年(1922年)に特急1・2列車(後の「富士」)用の一等寝台車スイネ28100形として10両が製造されました。中形客車の一等寝台車では、中央通路式のツーリスト式またはプルマン式の開放室を備える形式や、開放室と区分室を組み合わせた形式も存在しましたが、スイネ28100形では全室が区分室とされ、2人用区分室4室と、4人用区分室3室が設けられ、定員は20人となりました。ただし、一部の中形一等寝台車や、大正12年(1923年)に製造のスイネ28120形(→スイネ27150形)以降の一等寝台車で設けられた、区分室内の折畳み洗面器は設置されず、区分室の広さは中形客車よりも枕木方向は拡大されましたが、レール方向はやや狭くなり、寝台幅も710ミリと中形客車と変わらない幅でした。また、スイネ28100形は、スロネ28500形(→スロネ27300形)の大正10年(1921年)製造車8両と同じく、特急1・2列車用の大形客車としては最初期に製造されたため、側窓は下降窓で、雨樋は下屋根中間に付く形態となっていました。
 スイネ28100形の登場後、大正11年(1922年)に全車が揃った後は、特急1・2列車に2両連結になったと思われますが、大正12年(1923年)には特別室付一等寝台車スイネ28120形(→スイネ27150形)が登場したため、スイネ28100・スイネ28120形を各1両連結になりました。また、昭和2年(1927年)8月から、1・2列車の展望車連結区間が東京−神戸間に変更となった関係で、神戸−下関間で最後尾となる一等寝台車に車掌室を設ける必要が生じ、同年7月にスイネ28105〜28109の5両が緩急車化改造されてスイネフ28260形となりました。
 昭和3年(1928年)10月には、スイネ28100形がスイネ27100形に、スイネフ28260形がスイネフ27200形に形式変更され、後者は引き続き1・2列車で使用されたと思われますが、鋼製一等寝台緩急車マイネフ37230形の登場で、昭和5年4月に置き換えられました。その後、スイネ27100・スイネフ27200形共、昭和6年(1931年)12月〜7年(1932年)3月に全車が郵便荷物車マユニ29000形に改造されて形式消滅しました。




K1203 スイネ27150 (スイネ28120) 組み立てキット  [\5,400+税] 


区分室寝台車ならではの通路仕切も付属します。
また、「K4001 展望車用シート・寝台」(白色部)の取付が可能です。(特別室座席は「K4013 食堂車テーブル・イス」)



 スイネ27150形は、大正12年(1923年)に特急1・2列車(後の「富士」)用の特別室付一等寝台車スイネ28120形として5両が製造されました。従来の1・2列車用客車では、政府高官や皇族などの特定階層のみ利用可能な特別室が展望車に設けられていましたが、スイネ28120形と同年に製造のオテン28070形(→オイテ27000形)では特別室を設けず、代わりにスイネ28120形に特別室が設けられました。その他の客室はスイネ28100形(→スイネ27100形)と同じく、全室が区分室式とされ、定員2人の特別室のほか、2人用区分室2室と、4人用区分室3室が設けられ、定員は特別室2人・一等寝台16人となりました。区分室内には折畳み洗面器が設けられましたが、これは中形の一等寝台車で備える形式は一部に存在したものの、スイネ28100形では取付けられなかったもので、以後の一等寝台車では標準的設備となって、戦後のマイネ40形に至るまで引き継がれました。また、区分室の広さと寝台幅も拡大されて寝台幅は800ミリとなり、これも一等寝台車の標準的寸法となりました。外観的には、側窓がミリ幅に拡大されたため、スイネ28100形とは大きく印象が変わり、雨樋は側面(幕板)上部に付く一般的な形態となりました。また、鉄道省の新製一等寝台車としては珍しく、公式側に通路が設けられていることも特徴でした。
 スイネ28120形の登場後、特急1・2列車の一等寝台車は、従来のスイネ28100形と、スイネ28120形の各1両連結となり、その後はスイネ28100形が緩急車化改造され、連結位置が変更されるなどの変化はありましたが、鋼製の特別室付一等寝台車マイネ37130形に置き換えられる昭和5年4月まで連結され続けました。この間、昭和3年(1928年)10月には、スイネ28120形はスイネ27150形に形式変更されています。その後、スイネ27100・スイネフ27200形は昭和7年(1932年)までに他車種に改造され、これを追うように、スイネ27150〜27152の3両も昭和8年(1931年)3月に荷物車マニ29500形に編入改造されましたが、残りの2両のスイネ27153・27154はその後もしばらく残り、昭和12年(1937年)12月・13年(1938年)1月にマニ29500形に改造されて形式消滅しました。




K1211 スロネ27300 (スロネ28500) 組み立てキット  [\5,400+税] 


「K4015 戦前形ロネ用寝台」(白色部)の取付が可能です。



 スロネ27300形は、大正10年(1921年)〜大正12年(1923年)に特急1・2列車(後の「富士」)用の二等寝台車スロネ28500形として15両が製造されました。この形式は、同時期に急行用として製造された17メートル級・2軸ボギー台車の二等寝台車ナロネ20600形(→ナロネ20100形)を、20メートル級・3軸ボギー台車にしたもので、ツーリスト形と呼ばれるレール方向に並ぶ開放寝台が設けられていることは同様ですが、定員は28人となり、ナロネ20600形よりも8人増加しました。また、後に登場する鋼製の二等寝台車マロネ48500形(→マロネ37300→マロネ37→マロネ29)は、基本的に本形式と同様の室内配置と窓配置が踏襲されました。
 スロネ28500形(スロネ27300形)は全車が下降窓でしたが、大正10年(1921年)製造の8両と、大正11〜12年(1922〜1923年)製造の7両とでは、明り窓・通風器・雨樋の位置が変更されました。(本製品は後期形) また、本形式にはナロネ20600形(→ナロネ20100形)前期形と同じく、上段寝台(幕板)部に小窓が設けられ、外観的にも大きな特徴となっていました。これは、大正12年(1923年)頃に羽目とした(埋められた)との説もありますが、大正15年9月のスロネ28500形の写真では外観に変化はないようです。なお、大正13年(1924年)以降に製造の二等寝台車では上昇窓が採用されたため、幕板部の窓は設けられませんでした。
 スロネ28500形の登場後、昭和3年10月にはスロネ27300形に形式変更されましたが、大正15年(1926年)12月に前期製造車3両が廃車となっていたため、この分は番号が詰められて、スロネ27300〜27311となりました。
 スロネ27300形は、鋼製客車の登場で特急1・2列車の運用から外れましたが、置換え時期については、マロネ48500形登場の昭和3年(1928年)頃か、編成全体の鋼製客車化が行なわれた昭和5年(1930年)4月かは不明です。その後は、稚内港−函館間急行203・204列車での運用記録が残りますが、鋼製二等寝台車の増備によって用途を失い、昭和7年(1932年)12月〜8年(1933年)3月に荷物車もしくは三等荷物車に改造され、形式消滅しました。




K1213 オシ27700 (オシ28670) 組み立てキット  [\5,400+税] 

登場時には調理室通路窓の外側に保護棒が取り付けられていましたが、付属の洋白製パーツで再現できます。

調理室通路の仕切も付属します。
「K4013 食堂車テーブル・イス」(白色部)の取付が可能です。



 オシ27700形は、特急1・2列車(後の「富士」)用の洋食堂車オシ28670形として、大正12年(1923年)に5両、昭和2年(1927年)に1両が製造されました。オシ28670形の室内配置は、従来の中形食堂車オシ28650形(→オシ17700形)と基本的に同様で、前位側から、調理室、食堂(定員30人)、喫煙室の順に配置されましたが、喫煙室の向かい側に乗務員室が設けられ、出入台が全て物置となった点は異なります。また、後に登場する鋼製食堂車スシ48670形(→スシ37700形→スシ37形)は、本形式と同様の室内配置と窓配置が踏襲されました。
 オシ28670形の登場後、昭和3年10月にはオシ27700形に形式変更され、鋼製客車の登場で特急1・2列車の運用から外れましたが、置換え時期については、スシ48670形登場の昭和3年(1928年)頃と、編成全体の鋼製客車化が行なわれた昭和5年(1930年)4月のどちらかは不明です。その後は大阪−青森間急行501・502列車での運用記録が残されていますが、昭和11年(1936年)2・3月にオシ27700〜27702の3両が荷物車マニ29500形に編入改造され、残りの3両のオシ27703〜27705はその後もしばらく残り、昭和17年(1942年)12月・18年(1943年)1・3月に通勤形三等車オハ27050形に改造されて形式消滅しました。




K1217 スロ27900 (スロ29000) 組み立てキット  [\5,400+税] 


「K4003 転換クロスシート」(白色部)の取付が可能です。



 スロ27900形は、大正12年(1923年)に特急1・2列車(後の「富士」)用の二等車スロ29000形として10両が製造されました。この形式は、同時期に製造された17メートル級・2軸ボギー台車の二等車ホロ21710形(→ナロ20850形(前期形))を、20メートル級・3軸ボギー台車としたような車両で、転換式腰掛を備え、710ミリ幅の側窓を2枚1組で配置した点は同様でしたが、中央部側窓のみ3枚1組となっています。また、特急用のため、前位側に給仕室が設けられ、洗面所は前後に1ヶ所ずつの2ヶ所となりました。
 スロ29000形の登場後は、特急1・2列車に2両連結され、昭和3年(1928年)10月にはスロ27900形に形式変更されて、引き続き1・2列車で使用されましたが、鋼製の給仕室付二等車スロ30750形の登場で、昭和5年4月に置き換えられました。その後、昭和8年(1933年)12月、9年(1934年)1月に全車が荷物車マニ29500形に編入改造されて形式消滅しました。




K1221 マニ29500タイプ (マニ29930) 組み立てキット  [\5,400+税] 

車内の保護棒は、戸袋部の木枠も再現した専用部品が付属します。
※実車は中形客車と同じ車体幅でしたが、本製品は他の大形客車と同じ車体幅にアレンジしています。



 マニ29500形は、大正13年(1924年)にマニ29930形として5両が製造された、20メートル級・6軸の荷物車で、関東大震災後の震災復旧車のため、車体高さは大形客車と同じで、車体幅は中形と同じという異端車でした。また、荷重は12トンでしたが、これは、中形20メートル級・6軸の荷物車ホニ9970形(→スニ19510形)、オニ29920形(→マニ196500形)の11トン、大形17メートル級の荷物車ホニ27830形(→オニ26600形)の10トンより重く、新製の木製客車としては最大の積載量でした。
 マニ29930形の5両という、1・2列車で運用するのに適した両数や、マニ29930形登場前の特急1・2列車では、ホニ9970形などの3軸ボギー荷物車が使用されていたことなどから、マニ29930形が1・2列車に使用された可能性も考えられますが、確実な記録は残されていないようです。
 昭和3年10月にはマニ29500形に形式変更され、その後の使用状況などの詳細は不明ですが、マニ29504は昭和30年9月に廃車となり、他の4両もこの頃までに廃車、または改造されたと思われます。




■大形木製客車各種 別途購入品
【屋根】

 K4035 ダブルルーフ客車屋根 (3両分入) 
【ベンチレーター】
 K4025 31系用半ガラ (18ヶ入 約1両分)
【煙突上部 (オシ27700のみ必要)
 K4023 食堂車用ガラベン・電動発電機 (煙突上部3ヶ入) (2ヶ使用)
 または K4037 ガラベンセット (煙突上部2ヶ入)
【床下機器】
 K4017 車軸発電機 (通常向き4両分入)
      [昭和4年頃以降の空気制動化後のみ必要] K4024 ブレーキシリンダー・エアータンク (各3両分入)
【オイテ27000 展望デッキ側 端梁】
 
K4019 端梁・アンチクライマー 
【台車】
 K3059 プラ床板用TR71台車
 ●各社 片側絶縁車輪 6ヶ必要
   (中空軸車輪の場合、台車側梁と枕梁の間をテープなどで絶縁し、プラネジで止めるようにしないとショートします。(プラネジはK3502として発売)
   また、車軸が太いのでカプラーポケットの曲げを調整して、車軸と干渉しないようにする必要があります)
 ●各種カプラー   いずれか2ヶ必要
   KATO製 カトーカプラーN(黒) 11-702(20ヶ入)
         マグネマティックカプラーMT10 11-711(4ヶ入)
  GM または KATO製 アーノルドカプラー(要スプリング)
【内装】 
 オイテ27000 (オテン28070) ……K4001 展望車用シート・寝台(説明書等で×2と記載していますが1つで足ります)、K4014 大型ボックスシート
 スイネ27100 (スイネ28100) ……K4001 展望車用シート・寝台
 スイネ27150 (スイネ28120) ……K4001 展望車用シート・寝台、K4013 食堂車テーブル・イス (特別室座席に使用)
 スロネ27300 (スロネ28500) ……K4015 戦前形ロネ用寝台 (1.5両分入) 
 オシ27700 (オシ28670) ……K4013 食堂車テーブル・イス
 スロ27900 ……K4003 転換クロスシート (2両分入) 
 ・7両編成の場合
 K4001 展望車用シート・寝台×2、K4003 転換クロスシート×1、K4013 食堂車テーブル・イス×1、K4014 大型ボックスシート×1、K4015 戦前形ロネ用寝台×1 が必要
 ・10両フル編成の場合
 K4001 展望車用シート・寝台×2、K4003 転換クロスシート×1、K4013 食堂車テーブル・イス×1、K4014 大型ボックスシート×1、K4015 戦前形ロネ用寝台×2 が必要
【インレタ】 
 □形式・窓下の標記類など  K3097 木製客車インレタ2(各1両分入(スロネのみ2両分))
  ・7両編成の場合、1枚で可 (スロネ以外形式の予備なし)
  ・10両フル編成の場合、2枚必要
 □台枠の「鉄道省」標記 [昭和4年以降のみ必要]  K3096 木製客車インレタ1
【幌】
 GM製 (8611) 貫通幌(客車・旧国型 ブラック) (10ヶ入)
【窓セル】
 透明プラ板、塩ビ板など

(以下任意)
【屋根取付ネジ】 エコー製 B1421S ナベ頭 M1.4×2mm長 (20本入)
  入手困難な方にはキングス製ネジもご用意しました。→K3101 屋根取付ネジ(M1.4×2mmネジ(1種)) (10本入)
【グレードアップ用パーツ】
 K3917 札挿類  (7両分入)
 K3092 雨樋(t0.4)  (6両分入) (製品付属のt0.3雨樋より立体感が強まるパーツ)
【補助動力装置】
 K3501 3軸台車補助動力(TR71・73用)  (マニは2組、オシは1組取付可能)



オイテ27000のキット内容です。(他に妻面の雨樋管用のφ0.4真鍮線が付属)
車体と床板等は真鍮エッチング板、床下のトラスロッド(+窓外側の保護棒)と展望デッキ手すりは洋白エッチング板としています。
また、旧製品とは一部構成を見直し、各部に固定ツメを追加、妻面雨樋中心に目印を追加するなどして、組み立てやすさを向上しました。
(妻板がエッチング板に雨樋と雨樋管をハンダ付けの必要があるなど、他の鋼製客車製品より歯ごたえのあるキットとなっています)
各製品とも、妻板や妻面雨樋は多めに付属するので、φ0.4真鍮線を各自用意することで、先に妻板の組み立て練習もできます。



下写真はオイテ27000、オシ27700、マニ29500タイプ の試作品の未塗装状態です。

木製客車キットの組み立てはハンダ付けを推奨します。(とくに妻板の雨樋取付と展望デッキ上部の組み立て)



組立例では、屋根を鳶色(鉛丹色)で塗ってみました。
客車の屋根は、昭和2年頃までは一般的にペイント塗装仕上げで、その後採用された雲母片を固着させた屋根布や、さらに後年に一般的になった、鉄砂を固着させた屋根布とは異なる色合いだったと思われます。
一部資料で、客車屋根色が鳶色と記されているものも存在しますが、時期などによっても屋根色は異なりそうで、模型ではお好みの色に仕上げるのがよさそうです。



大形木製客車にワールド工芸製18900を連結しました。



■リンク
アルモデル
キングスホビーアーカイブ
アルモデル キングスホビー製品ページ
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