新仕様二重屋根客車(PEWシリーズ)の構成はこちらをご覧ください。


■オハ31(オハ32000)

 オハ32000 (32000〜32303) ※一部は床下機器配置が逆向き


 オハ31 (303〜510)

PW-1105 T 台車別・トータルキット


2008年3月発売
\5,880
(本体 \5,600)
SPW-1105 A オハ32000
ぶどう色1号・赤帯
昭和3年以降 ■大型電池箱 急行,普通列車 2008年発売
\22,050
(本体 \21,000)
(当店のみ販売)
B オハ31 ぶどう色1号 塗色は昭和15年頃以降
標記は昭和27年以降
■小形電池箱 普通列車
C オハ31 ぶどう色2号 昭和34年頃以降

製品の特徴(オハ31・オハフ30・オハニ30共通)
■天地寸法が小さく、窓枠の上下が太い側窓、リベットが多数並ぶ側面、屋根の明り窓、魚腹台枠など、初期鋼製客車の特徴を再現。
■側板・屋根明り窓・仕切・床板・窓保護棒/戸袋部格子(オハニ30)・大型電池箱は真鍮エッチング板。
 妻板・屋根・床下機器・ベンチレーターはプラパーツの構成。
■床下機器配置は、魚腹台枠の下に水槽の付く前期形と、魚腹台枠の横にカマボコ型水槽の付く後期形を選択可能。
■完成品は魚腹台枠下に水槽の付く前期型を模型化。
■車内の便所・洗面所、車掌室などの仕切が付属。
※各製品とも、屋根を切継加工で短縮する必要があります。

[オハ31・オハフ30キット 別途購入品]
GM製  ●TR11台車
当社製 ●KP-080 W座席車2・食堂車インレタ
      ●KP-065 等級標記他インレタ …ぶどう色2号は不要
      ■KPP-005 普通車用ボックスシート 取付可能

 オハ31形は、昭和2〜4年にオハ44400形(→オハ32000形)として512両が登場した17メートル級の鋼製三等車です。
 オハ44400形は、まず昭和2年3月に試作車2両(オハ44400・44401)が、オロ41700形の試作車2両(後のオロ30形)とともに、初の鋼製客車として登場しました。これらの車両は、側板などが鋼製となったほかは木製客車の最終製造グループ(ナハ23800形など)と大差ない形態で、構造的にも、内装や屋根などは木製で、実際には半鋼製車と言えるものでした。また、オハ44400形では、向かい合わせの座席2区画に対して天地寸法の小さい側窓が3つ並び、座席は1300ミリの間隔で配置され、定員は80名となっていましたが、これらも木製の三等車と変わりなく、台枠や台車も木製客車最終グループとほぼ同一で、魚腹台枠・TR11台車が採用されています。
 昭和2年8月からは、試作車に続いて量産車のオハ44402〜44703が登場しました。鋼製二等車の試作車と量産車では設備・外観とも異なるものになりましたが、三等車では大きな変化はなく、側板継手の位置と座席の構造などが変更された程度でした。オハ44400形は試作車を含めて304両が製造され、昭和3年にはオハ32000形へ形式変更されました。そして同年から翌年にかけて、オハ32000形としてさらに208両が増備され、合計で512両となりました。なお、オハ44400形として登場した304両は、当初、真空制動・屋根水槽式でしたが、オハ32000形として増備された208両については、空気制動・床下水槽式となり、魚腹台枠の横にカマボコ形の水槽が取付けられました。オハ44400形として登場した304両も、昭和4年から空気制動、床下水槽式に改造され、この水槽は重量バランスの点から中央部に取付けられましたが、魚腹台枠の下部に位置するため、後に登場するスハ32800形(後のスハ32丸屋根車)などのよりも薄い水槽となりました。
 オハ32000形は、特急列車でこそ使用されなかったものの、急行列車の主力として全国で使用されましたが、設備が大幅に改良された20メートル級の三等車スハ32600形やスハ32800形などが増備されると、次第に普通列車で使用されることが多くなっていったようです。昭和16年10月の称号改正ではオハ31形に形式変更されましたが、昭和5年に2両が事故廃車となっていたため、廃車となった分の番号は詰められています。戦時中の昭和18年には、輸送力増強のため座席減少工事(一部座席のロングシート化)が行われ、50両がオハ41形(初代)となりました(昭和24〜26年頃にオハ31形に復元)。なお、形式を変更しないまま同様の工事を行った車両も存在しました。その後、オハ31形44両とオハ41形4両が戦災廃車に、昭和21・22・23・31・32年に6両が事故廃車となっています。
 オハ31形は、戦後も普通列車を中心に使用されましたが、昭和31年以降、計72両が事業用車に改造され(オル31形67両、オヤ27形2両、オヤ30形2両、スエ30形1両(後にオル31形からもう1両改造))、昭和36年には6両が和田岬線用として、座席をロングシートに改造し洗面所を撤去してオハ30形(二代目)となりました。また、大部分の車両は昭和30年代後半に廃車され、最後まで残ったオハ31 287も昭和41年12月末に廃車となって形式消滅し、オハ30形となった6両も昭和44年7月10日に廃車されました。




■オハフ30(オハフ34000)

 オハフ34000 (34000〜34101) ※一部は床下機器配置が逆向き

PW-1106 T 台車別・トータルキット


2008年3月発売
\5,880
(本体 \5,600)
SPW-1106 A オハフ34000
ぶどう色1号・赤帯
昭和3年以降 ■テールライト1ヶ所
■電池箱大
急行,普通列車 2008年発売
テールライト点灯
\23,100
(本体 \22,000)
(当店のみ販売)
B オハフ30 ぶどう色1号 塗色は昭和15年頃以降
標記は昭和27年以降
■テールライト4ヶ所
■小形電池箱
普通列車
C オハフ30 ぶどう色2号 昭和34年頃以降

 オハフ30形は、昭和2〜4年にオハフ45500形(→オハフ34000形)として165両が登場した17メートル級の鋼製三等緩急車です。
 オハフ45500形などの17メートル級鋼製客車は、側板などが鋼製となったほかは木製客車の最終製造グループ(ナハ23800形など)と大差ない形態で、構造的にも、内装や屋根などは木製で、実際には半鋼製車と言えるものでした。また、向かい合わせの座席2区画に対して天地寸法の小さい側窓が3つ並び、座席は1300ミリの間隔で配置されていましたが、これらも木製の三等車と変わりなく、台枠や台車も木製客車最終グループとほぼ同一で、魚腹台枠・TR11台車が採用されています。
 オハフ45500形は、昭和2年10月から102両が製造され、昭和3年にはオハフ34000形へ形式変更されました。そして同年から翌年にかけてオハフ34000形としてさらに63両が増備され、合計で165両となりました。なお、オハフ45500形として登場した102両は当初、真空制動・屋根水槽式でしたが、オハフ34000形として増備された63両については、空気制動・床下水槽式となり、魚腹台枠の横にカマボコ形の水槽が取付けられました。オハフ45500形として登場した102両も、昭和4年から空気制動、床下水槽式に改造され、この水槽は重量バランスの点から中央部に取付けられましたが、魚腹台枠の下部に位置するため、後に登場するスハ32800形(後のスハ32丸屋根車)などよりも薄い水槽となりました。
 オハフ34000形は、特急列車でこそ使用されなかったものの、オハ32000形と共に全国の急行列車の主力として使用されましたが、設備が大幅に改良された20メートル級の三等車スハ32600形やスハ32800形などが増備されると、次第に普通列車で使用されることが多くなっていったようです。昭和16年10月の称号改正ではオハフ30形に形式変更されましたが、昭和4・6年に2両が事故廃車となっていたため、廃車となった分の番号は詰められています。戦時中の昭和18年には、輸送力増強のため座席減少工事(一部座席のロングシート化)が行われ、11両がオハフ40形(初代)となりました(昭和24頃以降にオハフ30形へ復元)。なお、形式を変更しないまま同様の工事を行った車両も存在しました。その後、オハフ30形8両とオハフ40形1両が戦災廃車に、昭和24・33年に2両が事故廃車となっています。
 オハフ30形は、戦後も普通列車を中心に使用されましたが、昭和34年以降、計12両が事業用車に改造され(オル31形6両、オヤ30形6両)、昭和36年には2両が和田岬線用として、座席をロングシートに改造したオハフ31形(二代目)となりました(オハ31形から改造のオハ30形とは異なり洗面所を存置)。また、大部分の車両は昭和30年代後半に廃車され、最後まで残ったオハフ30 125も昭和41年12月26日に廃車となって形式消滅し、オハフ31形となった2両も昭和44年7月10日に廃車されました。




■オハニ30(オハニ35500)

 オハニ35500 (35500〜35539)

PW-1107 T 台車別・トータルキット


2008年3月発売
\5,880 (本体 \5,600)
SPW-1107 A オハニ35500
ぶどう色1号・赤帯
昭和3年以降 ■テールライト1ヶ所
■電池箱大
急行,普通列車 2008年発売
テールライト点灯
\23,100
(本体 \22,000)
(当店のみ販売)
B オハニ30 ぶどう色1号 塗色は昭和15年頃以降
標記は昭和27年以降
■テールライト4ヶ所
■小形電池箱
普通列車,
急行101・102列車
(後の「青葉」)
※後者は標記方式異なる
C オハニ30 ぶどう色2号 昭和34年頃以降 普通列車

[オハニ30キット 別途購入品]
GM製  ●TR11台車
当社製 ●KP-076 W荷物車インレタ
      ●KP-065 等級標記他インレタ
      ■KPP-005 普通車用ボックスシート 取付可能

 オハニ30形は、昭和3年にオハニ47200形(オハニ35500形)として64両が登場した17メートル級の鋼製三等座席・荷物合造車です。
 オハニ47200形などの17メートル級鋼製客車は、側板などが鋼製となったほかは木製客車の最終製造グループ(ナハ23800形など)と大差ない形態で、構造的にも、内装や屋根などは木製で、実際には半鋼製車と言えるものでした。オハニ47200形は、木製の三等座席・荷物合造車オハニ27200形と同様の室内配置となっていましたが、向かい合わせの座席2区画に対して天地寸法の小さい側窓が3つ並び、座席が1300ミリの間隔で配置されたことも木製の三等車と変わりなく、台枠や台車も木製客車最終グループとほぼ同一で、魚腹台枠・TR11台車が採用されています。
 オハニ47200形は、昭和3年2月から40両が製造され、同年にはオハニ35500形へ形式変更されました。また、同年にはオハニ35500形としてさらに24両が増備され、合計で64両となりました。オハニ47200形として登場した40両は当初、真空制動・屋根水槽式でしたが、オハニ35500形として増備された24両については、空気制動・床下水槽式となり、魚腹台枠の横にカマボコ形の水槽が取付けられました。オハニ47200形として登場した40両も、昭和4年から空気制動、床下水槽式に改造され、この水槽は重量バランスの点から中央部に取付けられましたが、魚腹台枠の下部に位置するため、後に登場するスハ32800形(後のスハ32丸屋根車)などよりも薄い水槽となりました。
 オハニ35500形は、特急列車でこそ使用されなかったものの、オハ32000形などと共に急行列車や普通列車で使用され、昭和16年10月の称号改正ではオハニ30形となりましたが、戦災で9両が廃車となっています。
 オハニ30形は、戦後も普通列車を中心に使用されましたが、昭和37・38年には6両が救援車スエ30形に改造されました。また、昭和35年から廃車が始まりましたが、オハ31形やオハフ30形と比べると廃車の進行は遅く、昭和41年3月の時点でも18両が健在でした。しかし、その後急速に廃車が進められ、最後まで残ったオハニ30 63も昭和42年7月13日に廃車となって形式消滅しました。






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