Nゲージ 旧キングスホビー掘り出し品 オシ17 1〜・5〜/オユ11 1〜


KH0727 オシ17 1〜・5〜 トータルキット  [\7,000+税]  【通販にて発売】 




●特急・急行で幅広く使用されたオシ17のうち、非常扉付で登場した昭和31〜33年製の1〜10を模型化。
●裾絞りのある幅広車体、やや高い位置にある側窓、窓枠隅のR、屋根上の空調蓋といった、オシ17形全グループに共通する特徴を再現。
●側窓全てがHゴム支持で窓上に水切りあり、食堂側窓内側に付く窓枠など、オシ17 1〜10ならではの特徴を再現。
●調理室扉(公式側)は窓なしと窓ありが付属するので、オシ17 1〜4と5〜10のいずれにも製作可能。
●側面のHゴムは車体と別部品。
●車体・側扉は真鍮エッチング板製で折り曲げ済。
 妻板・一部床下機器は真鍮エッチング板、窓枠はステンレスエッチング板製。
 ベンチレーター・床板・床下機器はプラパーツ。
●台車はTR53と近似形態のGM製KD39台車(黒)が付属。
※本キットはハンダ付けが必要です。

上の写真2枚はキット付属のGM製台車を取付けましたが、下の写真2枚ではKATO製TR53台車を取付けました。
(GM製台車は類似品で代用のため、軸距はスケールより約1.5mm狭め)
(KATO製TR53台車はスケールより約0.5mm広め)



※KATO台車はセンターピンを調達すれば取付可能です。(穴径が大きいのでややガタは発生します)



調理室などの窓にもHゴムが付く、オシ17 1〜10の特徴を再現。
本製品では、Hゴム部品の内側に窓枠を貼り重ねる仕様になっています。
(窓枠はt0.15ステンレス製で塗装不要)


通路部などの窓枠隅にRが付くこともオシ17の特徴です。




オシ17の食堂側窓は二重窓ですが、オシ17 1〜10の実車写真ではこの部分のガラス内側の窓枠が目立つので、この内側窓枠も再現しています。
(窓セル内側に接着)


未塗装状態です。(Hゴムや窓枠などの窓関連部品と車内仕切は未取付)
◆車体への内板の取付は、左右の内板を先に組んでからのほうがいいかもしれません。(組立例はその組み方)


キット内容です。(組立前に撮影を忘れていたので大半の部品は切り離し済となっています)

※梱包時に内板端部が逆向きに曲げられている個体もありますが、曲げ部が硬めなので、逆向きに曲げ直せば問題ないようです。
 (組立例で実践。この部分にはめくれが生じるので、それを軽く削る必要はあります)


[別途購入品]
【インレタ】 
 □形式  K3067 銀河(昭和35年),10系客車他インレタ1 (オシ17 9用 1両分入) (品切)
 □窓下の「食堂」標記(青大将色以外は必要)  K3065 等級標記インレタ など
【内装】 
 K4013 食堂車テーブル・イス



 オシ17形は、昭和31〜36年に30輌が登場した食堂車で、遊休の優等車などの台枠を利用して、軽量構造の新製車体と組み合わせて製造されました。車体はナハネ10形と同様の幅の広い車体となったため、食堂の定員はそれまでの食堂車よりも10名増加した40名となりました。また、台車は種車の3軸台車を利用してスシ58形とする計画があり、図面も作成されましたが、最終的には近畿車輌製のシュリーレン台車、TR53が採用されてオシ17形となりました。また、冷房装置は国鉄初のディーゼル機関駆動式のものが採用されましたが、当初は準備工事のみで、実際に搭載したのは昭和32年夏となりました。
 オシ17形は食堂車としては多数が製造されたこともあり、何度か設計変更が行われましたが、主な外見的変化は以下の通りです。
●昭和31年製 オシ17 1〜4
調理室扉窓なし、喫煙室非常扉あり、食堂側窓は二重固定窓(ガラス内側のアルミ窓枠が外側から見える)、食堂側窓上の水切あり、全ての側窓にHゴムあり
●昭和32・33年製 オシ17 5〜10
調理室扉に窓を追加(公式側のみ)  ※オシ17 10のみは空気バネのTR57台車
●昭和34〜36年製 オシ17 11〜25・2051〜2055
喫煙室非常扉廃止、食堂側窓は複層ガラス窓に変更(ガラス内側に窓枠は見えない)、食堂側窓寸法変更、食堂側窓上の水切廃止、各開閉窓のHゴム廃止、台車は揺れ枕吊りを改良したTR53Aに変更

 昭和31年に登場したオシ17 1〜4は、当初は新設の東京−博多間特急(あさかぜ)用として計画されていましたが、従来よりも定員が増加したことで、より利用者の多い特急「つばめ」「はと」で使用されることとなったため、淡緑5号(青大将色)の塗色で登場し、昭和35年6月以降、急行「霧島」用となった後もしばらくはこの塗色のまま連結されていました。また、オシ17 5〜9は特急「あさかぜ」「さちかぜ」用として、オシ17 10はアジア鉄道招聘輸送用として製造されたため、これらはぶどう色の一般塗色で登場しました。
 オシ17 1〜10の使用列車は以下の通りです。
●オシ17 1・2
「つばめ」→昭和32年10月「つばめ」「はと」→35年6月「霧島」→39年10月「つくし」→40年10月「高千穂」「瀬戸」「出雲」→43年10月「瀬戸」「出雲」(47年3月特急化)
●オシ17 3・4
「はと」→昭和32年10月「つばめ」「はと」→35年6月「霧島」→45年10月「桜島」(霧島を改称)→47年3月連結中止
●オシ17 5(オシ17 2005)
「あさかぜ」「さちかぜ」→昭和33年10月「平和」「はやぶさ」→34年7月「かもめ」→36年10月「みずほ」「高千穂」→38年6月「高千穂」「瀬戸」→39年10月「高千穂」「さぬき」→昭和40年10月「高千穂」「瀬戸」「出雲」→43年10月「安芸」→45年10月「十和田3・5号」※この頃電暖化→47年3月連結中止
●オシ17 6(オシ17 2006)
「あさかぜ」「さちかぜ」→昭和33年10月「平和」「はやぶさ」→34年7月「かもめ」→36年10月「北斗」「北上」→37年10月「鳥海」※この頃電暖化→39年10月「たざわ」(鳥海を改称)→43年10月「十和田4・6号」(45年10月以降は3・5号)→47年3月連結中止
●オシ17 7・9
「あさかぜ」「さちかぜ」→昭和33年10月「平和」「はやぶさ」(平和は34年7月まで)→35年7月頃「高千穂」→36年10月「みずほ」「高千穂」→38年6月「高千穂」「瀬戸」→39年10月「高千穂」「さぬき」→昭和40年10月「高千穂」「瀬戸」「出雲」→43年10月「瀬戸」「出雲」(47年3月特急化)
●オシ17 8(オシ17 2008)
「あさかぜ」「さちかぜ」→昭和33年10月「平和」「はやぶさ」(平和は34年7月まで)→35年7月頃「高千穂」→36年10月「みずほ」「高千穂」→38年6月「高千穂」「瀬戸」→39年10月「高千穂」「さぬき」→昭和40年10月「高千穂」「瀬戸」「出雲」→43年10月「安芸」→45年10月「十和田3・5号」※この頃電暖化→47年3月連結中止
●オシ17 10
「あさかぜ」「さちかぜ」→昭和33年10月「平和」「はやぶさ」(平和は34年7月まで)→35年7月頃「高千穂」→36年10月「みずほ」「高千穂」→38年6月「高千穂」「瀬戸」→39年10月「高千穂」「さぬき」→昭和40年10月「高千穂」「瀬戸」「出雲」→43年10月「安芸」→45年10月「瀬戸」「出雲」(47年3月特急化)

 オシ17形は、客車食堂車の主力形式として使用されましたが、昭和47年3月には急行の特急格上げなどによって、連結列車は急行「きたぐに」「十和田2・3号」の2往復を残すのみとなり、オシ17 1〜10の定期運用はここで消滅しました。そして、同年11月6日、「きたぐに」のオシ17 2018の喫煙室座席下から出火したことで発生した北陸トンネル火災事故の影響で、「きたぐに」だけでなく「十和田」のオシ17も連結が中止され、2輌が教習車オヤ17形に改造されたほかは廃車となりました。
 オヤ17 1は、教習車当時の姿のまま標記をオシ17 2055に戻して、碓氷峠鉄道文化むらで静態保存されています。



[編成例] 昭和33年8月  特急 「あさかぜ」 8列車 [博多→東京]

 ←博多方面
●客車の塗色はぶどう色1号(ロネ・ロは青1号帯)
●牽引機  EF58・C62・EF10・C59




KH0735 オユ11 1〜 組み立てキット  [\6,000+税]  【通販にて発売】 




●東京−九州間急行や東海道線夜行急行などで使用されたオユ11のうち、昭和32年製の1〜6を模型化。
 (ルーバーあり・便所窓大・荷物扉窓枠中桟なし・荷物扉窓大・各扉窓隅Rなし。より厳密には、票挿しの位置はオユ11 1〜3)
●一見オユ10と似ていながら、扉・窓の位置や採光窓の数が異なる形態を再現。
●車体は真鍮エッチング板製で折り曲げ済。妻板・窓枠・床板・一部床下機器は真鍮エッチング板。
 ベンチレーター・床下機器はプラパーツ。
●Hゴムは車体と別部品。
※本キットはハンダ付けが必要です。





未塗装状態です。(Hゴムや窓枠などの窓関連部品は未取付)
◆車体への内板の取付は、左右の内板を先に組んでからのほうがいいかもしれません。(組立例はその組み方)


キット内容です。



[別途購入品]
GM製 TR50台車
当社製インレタ
 ●K3070 郵便車用インレタ1(切妻・10系)  (オユ11 5用 1輌分入、窓下の郵〒便・車掌の標記)
 ●K3067 銀河(昭和35年),10系客車他インレタ1 (オユ11 1用 1輌分入) (品切)



 オユ11形は昭和32〜41年に非冷房車11輌と、昭和46年に新製冷房車5輌が製造された軽量構造の郵便車で、オユ10形よりも約1ヶ月早く登場したため、初の軽量郵便車となりました。基本的な室内配置はオユ10形と同様で外観も似ていますが、区分室を拡大した関係で側窓や扉の位置が変わり、採光窓が1つ追加されています。
 オユ11形の非冷房車は、形態的には大きく分けて2種類が存在し、以下のように分類できます。
●昭和32年製 オユ11 1〜6 ルーバーあり、便所窓大、荷物扉窓枠中桟なし、荷物扉窓大、各扉窓隅Rなし
●昭和37・41年製 オユ11 7〜11 ルーバーなし、便所窓小、荷物扉窓枠中桟あり、荷物扉窓小、各扉窓隅Rあり
 また、新製冷房車のオユ11 101〜105は、低屋根に屋上冷房を4基取付けて登場しましたが、後のオユ11の冷房改造車とは採光窓の大きさや車体断面、冷房の数が異なっています。
 オユ11形の登場後は、東京−門司間を中心に運用され、急行「筑紫」や東海道線夜行急行などで使用されました。
昭和47〜50年には非冷房車11輌の冷房化改造が行なわれ、低屋根化のうえ屋上冷房を設置されて形態が大きく変化し、番号は元の番号+1000に変更されました。その後、昭和57〜59年に冷房改造車の1000番代が全車廃車となり、新製冷房車も鉄道郵便輸送廃止に伴なって昭和61年に廃車となりました。



[編成例]  昭和39年10月〜 急行 「明星」 13・14列車 [東京−大阪]

 ←大阪方面
●客車の塗色はぶどう色2号(ロネ・ロは淡緑帯)、ただしこの頃からオユ11・マロネ40以外は青15号化が進行
●牽引機 EF58



■リンク
アルモデル
キングスホビーアーカイブ
アルモデル キングスホビー製品ページ
inserted by FC2 system