新仕様二重屋根客車(PEWシリーズ)の構成はこちらをご覧ください。


■マロネフ48(マイネフ37200)

マイネフ37200ぶどう色1号・白帯


マロネフ48ぶどう色1号・青1号帯

PW-1016 T 台車別・トータルキット
2007年12月発売
\5,250 (本体 \5,000)
SPW-1016 マイネフ37200
ぶどう色1号・白帯
昭和3年以降 ■テールライト1ヶ
■半ガラ31系用
■大型電池箱
急行7・8列車 2009年3月発売
テールライト点灯
\20,475
(本体 \19,500)
(当店のみ販売)
マイネフ29
ぶどう色1号・クリーム帯
塗色は昭和27年頃以降
標記は昭和28年以降
■テールライト4ヶ
■半ガラ32系用
■小型電池箱
「西海」
マロネフ48
ぶどう色1号・青1号帯
昭和30年以降 「月光」(増結車)
団臨など

製品の特徴
■戦前は急行7・8列車で、戦後は急行「西海」などで使用された旧一等寝台車マロネフ48を製品化。
■側窓天地寸法の小さい形態など、初期鋼製客車の特徴を再現。
■車内の区分室などの仕切が付属。
 仕切の窓は、車体の側窓と同じく、初期鋼製客車ならではの天地寸法が小さく、窓上隅にRの付くものとしています。
■側板・屋根明り窓・仕切・一部の電池箱は真鍮エッチング板、妻板・屋根・床板・床下機器・ベンチレーターはプラパーツの構成。

[別途購入品(キット)]
KATO製 片側絶縁車輪
当社製
 ●KP-059 プラ床板用TR71台車
 ●KP-065 等級標記他インレタ (マロネフ48のみ必要)
 ●KP-073 等級標記・スニ41他インレタ(黒) (マイネフ37200・マイネフ29などに必要)
 ●KP-077 W寝台車2・展望車インレタ
 ■KPP-001 展望車シート・寝台 取付可能(2セット必要)

 マロネフ48形は、昭和3年3月にマイネフ48260形として4両が登場した一等寝台緩急車で、マイネフ37200→マイネフ37→マイネフ29を経て、昭和30年7月にマロネフ48形となっています。
マイネフ37200形は、同時期に登場した一等寝台車マイネ37100形(当初マイネ48120形、後のマイネ37→マイネ29→マロネ48形)の緩急車形で、車内の配置は、前位側から便所、喫煙室、4人用区分室2室、2人用区分室5室、給仕室/便所、車掌室の順となっていて、定員はマイネ37100形より2名少ない18名でした。なお、洗面所については、マイネ37100形と同じく、区分室と喫煙室内に折畳洗面器が設けられたために設置されませんでしたが、後に登場するマイネ37130形などでは洗面所が設けられています。
 その他の特徴はマイネ37100形などと同様で、窓の上下寸法は木製客車と変わらず、側板などが鋼製となったほかは、木製客車の最終製造グループと大差ない形態で、車内設備についても同様でした。台枠や台車も木製客車最終グループとほぼ同一で、魚腹台枠・TR71台車が採用されています。

 マイネフ48260形として登場して半年後の昭和3年10月1日にはマイネフ37200形に形式変更し、昭和4〜6年頃には真空制動、屋根水槽式だったものを、空気制動、床下水槽式に改造されました。その後、昭和18年9月まで一貫して、東京−下関間急行7・8列車で使用されました。
 昭和9年9月には急行7列車に連結のマイネフ37200が東海道線瀬田川事故に遭遇し、後に廃車となりましたが、この車両は昭和12年3月に試験車マヤ39900形(後のマヤ37 1→マヤ38 1)に改造されました(新製名義)。他の3両は昭和16年10月にマイネフ37形に形式変更され、マイネフ37200の廃車による欠番を詰めて、番号は1〜3となりました。昭和19年には戦時三等車改造でマハフ37形となる予定でしたが、結局改造されず、残存の3両全車が連合軍用として接収されました。
 接収解除後は、特殊急行1001・1002列車(後の急行「西海」)で使用され、昭和28年6月にはマイネフ29形となりました。昭和30年7月1日には、一等寝台廃止に伴ってマロネフ48形となりましたが、この時に定期運用は消滅し、以後は団体臨時列車などで使用されました。その後、昭和35年5月7日に全車が廃車となり、旧一等寝台車としては最も早い時期の形式消滅となりました。なお、元マイネフ37200の試験車マヤ38 1は、マロネフ48形の形式消滅後も長期間使用され、昭和50年4月に廃車となっています。








■スシ37700(マハ29 21〜)
PW-1041 T 台車別・トータルキット
2007年12月発売
\5,250
(本体 \5,000)
SPW-1041 A スシ37700 
ぶどう色1号
昭和3年以降 ■電池箱大小計3ヶ 「富士」「櫻」「臨時燕」、
急行・普通列車
2008年4月発売
\19,950
(本体 \19,000)
(当店のみ販売)
B マハ29 21〜
ぶどう色1号
車体の形態は
昭和19年以降
標記は昭和28年以降
■デッキは32系用扉
■元調理室窓1段
■ハシゴ・煙突・
 調理室仕切なし
■電池箱大型1ヶ
普通列車
C マハ29 21〜
ぶどう色2号
昭和34年頃以降


スシ37700 ぶどう色1号


マハ29 21〜 ぶどう色1号

マハ29 21〜 ぶどう色2号

製品の特徴
■初の鋼製食堂車で、客車食堂車としては最も多い38両が製造されながら、事故廃車の1両以外の全車が戦時中に三等車化改造され、
 マハ29形としても最多数派となったスシ37700(→マハ29 21〜)を製品化。
■本製品は食堂車当時のスシ37700を基本としていますが、マハ29 21〜としても製作できます。
 (調理室の2段窓を付属の窓枠に、デッキ扉を付属の32系用扉に取替え)
■側窓天地寸法の小さい形態など、初期鋼製客車の特徴を再現。
■車内の調理室などの仕切は、スシ37740などとは異なる、専用の仕切が付属。
■側板・屋根明り窓・仕切・一部の電池箱は真鍮エッチング板、妻板・屋根・床板・床下機器・ベンチレーターはプラパーツの構成。

[別途購入品(キット)]
KATO製 片側絶縁車輪
当社製
 ●KP-059 プラ床板用TR71台車
 ●KP-065 等級標記他インレタ (ぶどう色2号のマハ29の場合は不要) 
 ※形式のインレタは、スシ37700・マハ29 21〜とも発売予定です
 ■KPP-013 食堂車テーブル・イス 取付可能 (マハ29はKPP-005 普通車用ボックスシート 2セット必要)

 スシ37700形は、昭和3年5月〜6月にまずスシ48670形として21両が登場し、これらは同年10月にはスシ37700形へ形式変更し、同年10月から翌昭和4年5月にかけて17両が増備され、昭和16年10月にスシ37形(スシ37 1〜38)となっています。
スシ37700形は、基本的に木製食堂車オシ27730形を鋼製とした形式で、定員30名の食堂や調理室、はめ殺しのデッキ扉部に設けられた冷蔵箱・物置など、車内の配置は同様で、窓の天地寸法も木製客車と変わらず、側板などが鋼製となったほかは、大差ない形態となっています。台枠や台車についても、木製客車最終グループとほぼ同一で、魚腹台枠・TR71台車が採用されています。なお、スシ37700形は、この時期に製造の鋼製客車の特徴とも言える側板継手を使用しない構造となっていたようです。
 スシ48670形として登場した21両は当初、真空制動、屋根水槽式でしたが、スシ37700形として昭和3〜4年に増備された17両については、空気制動、床下水槽式となり、魚腹台枠の横にカマボコ形の水槽が取付けられました。元スシ48670形の21両も、昭和4〜6年頃に空気制動、床下水槽式に改造されましたが、新設された水槽はやや角ばったものとなり、当初から床下水槽式の17両とは、床下機器配置も異なっていました。また、当初から床下水槽式の17両は、初期に製造された車両と比べ、床下機器の向きが反転したようですが、元スシ48670形21両の中の一部にも、床下機器の向きが反転した車両が存在しました。
 スシ37700形は、客車の食堂車としては最も多数が製造され、登場後は急行のほか、特急「富士」「櫻」や普通列車まで幅広く使用されましたが、昭和16年にスシ37 1〜38に形式変更された後、昭和19年7月〜20年3月には戦時改造で全車が座席車化されてマハ47 161〜198となりました。この改造では食堂・調理室は撤去されて三等室に、喫煙室を洗面所に、車掌室は便所に改造され、調理室の二段窓は通常の上昇窓に改造され、調理室上の煙突は撤去されました。また、デッキ扉部は通常の開戸となりましたが、この扉は窓の上下寸法の大きい形式(スハ32など)と同じものが取付けられたため、側窓よりもデッキ扉の窓の位置が低くなりました。
 なお、スシ37728は昭和9年3月の事故で廃車となりましたが、この車両の台枠・台車を再利用して車体を新製し、スシ37818(後のスシ37 76→スシ28 151)となりました。この車両にはマシ37850形に先駆けて1200o幅の窓が採用され、初の広窓食堂車となりました。この車両は戦後も食堂車として使用され、昭和39年3月30日に廃車となっています。
 その後、元スシ37700形のマハ47形は8両が戦災で廃車となり、2両が他車種に改造されました。昭和23年9月、マハ47 172は連合軍民間運輸局の視察用として改造され、スイネ39 1(後のスヤ39 1→スイ48 1→スイ99 1)となり、マハ47 163は昭和26年6月に保健車に改造され、マヤ38 1(初代、後のマヤ29 1)となりました。前者は昭和35年3月10日に、後者は昭和47年1月20日に廃車されています。
マハ47形のまま残った28両は、昭和28年6月1日にマハ29 21〜48に形式変更され、マハ29形としては最も多数派のグループとなりました。その後、昭和29年頃の更新修繕で、鋼体化客車に準じた定員96名の座席車に整備されています。
 マハ29形は自重が重いため、朝夕の通勤列車で使用されることが多かったようですが、元スシ37700形のグループは車齢が高かったにもかかわらず、かなり遅い時期まで使用され、廃車の開始も昭和38年2月と遅く、最後まで残ったマハ29 43は昭和42年3月8日に廃車となりました。これはマハ29形全体としても最後の廃車で、これでマハ29形は形式消滅となりました。






■スイロフ30550(スロハフ31)


PW-1007 T 台車別・トータルキット
2007年12月発売
\5,250 (本体 \5,000)
SPW-1007 A スイロフ30550
ぶどう色1号
白帯/青4号帯
登場時
(昭和7年〜)
■テールライト1ヶ
■大型電池箱
皇族等貸切用 2009年3月発売
テールライト点灯
\19,950
(本体 \19,000)
(当店のみ販売)
B スロハフ31
ぶどう色1号・青1号帯
昭和28年
以降
■テールライト4ヶ
■便所上半ガラ追加
■小型電池箱
快速「おいらせ」,
普通列車など
C スロハフ31
ぶどう色2号・青1号帯
昭和34年頃
以降
普通列車など
D スロハフ31
ぶどう色2号・淡緑帯
昭和36年頃
以降

製品の特徴
■皇族や高官の貸切用の一等・二等座席合造車として登場し、戦後は2・3等座席合造車に格下げされて、普通列車などで使用された
 スイロフ30550(→スロハフ31)を製品化。
■中央よりも前位寄りに設けられた便所・洗面所、一等・二等側とも700o幅の窓が等間隔で並ぶ窓配置、リベットの少ない車体など、
 この形式ならではの特徴を再現。
■車掌室・便所などの仕切が付属。また、一等室のロングシートを真鍮エッチング板で再現。
■側板・屋根明り窓・仕切・一等座席は真鍮エッチング板、妻板・屋根・床板・床下機器・ベンチレーターはプラパーツの構成。

[別途購入品(キット)]
GM製  TR23台車
当社製
 ●KP-078 W座席車インレタ1
 ●KP-065 等級標記他インレタ
 ●KP-073 等級標記・スニ41他インレタ(黒) (スイロフ30550などに必要)
 ■KPP-003 転換クロスシート  取付可能  (スロハフ31は、KPP-005 普通車用ボックスシートも必要)

 スイロフ30550形は、皇族や高官などの貸切用の木製客車ナイロフ20550形を鋼製車に置換えるために、昭和7年3月に2両が製造されました。
鋼製客車としては唯一の一等・二等座席合造車で、前位側から一等室、便所・洗面所、二等室、車掌室の順で配置され、一等室の座席はロングシートで定員は18名、二等室は転換式座席で定員は36名となっていました。この形式は、二重屋根客車としては最後期の製造となったため、車体のリベットはウインドシル・ヘッダー上と隅部のみとなり、水タンクは平形で、取付位置は蓄電池箱の間の床下中心線上となるなど、丸屋根客車に近い形態となっています。また、一等車で2軸台車を採用した形式は、戦前製の鋼製車としては唯一の存在でした。
 スイロフ30550形は、2両とも東京鉄道局に配置され、昭和16年10月の称号改正ではスイロフ30形となりました。
 戦後は2両とも連合軍に接収されましたが、昭和24年8月に旧一等側のみ返還となりました。しかし、一等のままでは営業使用できないため、二等に格下げされ、形式もスロフ34形(初代)に変更されました(旧一等室の座席はそのままだったとの説と、二等用座席に取替えられたとの説があります)。この2両は昭和27年2月・3月には接収解除され、昭和28年10月には旧一等室に三等車用の座席が取付けられて、二等・三等座席合造車スロハフ31形となりました。
 その後は快速「おいらせ」や普通列車などで使用されましたが、昭和38年3月にはスハフ34 21・22に格下され、昭和39年6月29日にスハフ34 22が、同年9月30日にはスハフ34 21がオハネ17形に改造されて姿を消しました。






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